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房一は彼等の姿が消えてからもしばらくの間、ぼんやり元の椅子に腰をかけて、たつた今彼等がそこを曲つて行つた入口の土塀、それで一所だけ区切られた表の道路、その向ふに稍高手になつた畑地、といつたやうな物を漠然と眺めていた。
「ほう、往診かね」
小谷はしばらく放つていた糸を手許にひきよせて、水の中の鮎を眺めながら云つた。
傍にいた赭あから顔の老人が低い声で云つた。
「大きいかね」
「ねえ、高間さん。どうもこの追鮎は背中に掛り傷があるんで元気がないですよ」
「おう、これか」
彼女はその表情を少しもくづさずにすつと引き下つたが、間もなく帰ると、
たしかに、「家」に関するかぎり、正文老夫婦が口を利くべきだつた。おかげで、練吉はかういふことにつきもののいざこざの矢面に立たなくてもいゝわけであつた。それから、どうなつたにしても練吉自身の責任は免れるといふものだつた。――「まさに、おれはこの年になつても子供だ。子供は親の云ふことを聞くものだ」と、練吉はいくらか小狡こずるく又いくらか皮肉げに傍観していた。
「何者かつて云ふが、そもそもこゝで半鐘をたたいたから集つて来たんだぜ」
「うむ、何かあ」
「神尾司令官閣下と同列なんだよ。宇品から東京駅着。それから直ちに参内上奏されたんだよ。どうも、すばらしいね。目に見えるやうだね」
と、房一はもう一度感心した。